公開日 2020/01/08 18:06
変更日 2024/09/19 10:19
韓国ドラマやK-POPが好きな人は、ぜひぜひ観てほしいのが映画『パラサイト 半地下の家族』(以下、パラサイト) 前評判通りとてつもない映画なのですが、韓流に関心があり、韓国をよく知る人が観ると10倍味わい深い作品なのです。
昨年のカンヌ国際映画祭で韓国映画初となるパルムドール(最高賞)を受賞し、さらに今年1月6日にはアカデミー賞の前哨戦といわれるゴールデングローブ賞の外国語映画賞も受賞する快挙を成し遂げた『パラサイト』は、ポン・ジュノ監督と主演ソン・ガンホがタッグを組み、格差社会の悲哀をブラックユーモアを交えて描いた社会派エンタメ作なのです。
キム一家は父親ギテク(ソン・ガンホ)をはじめ家族4人全員が失業中で、半地下の住居でその日暮らしの貧しい生活を送っていた。そんなある日、長男ギウ(チェ・ウシク)がIT企業のCEOであるパク氏の豪邸へ家庭教師の面接を受けに行くことに。そして妹ギジョン(パク・ソダム)も、兄に続いて豪邸に足を踏み入れる。正反対の2つの家族の出会いから、想像を超える悲喜劇が繰り広げられる…。
ストーリーだけ読むと、韓国ドラマ好きの人はありがちな設定だと思うはず。豪邸暮らしで執事や家政婦がいる大富豪ファミリーとボロ家に住む貧乏人の主役を対比させるのは王道です。
たいてい金持ちは傲慢で貧乏人をまるで虫ケラのように扱います。古くは『バリでの出来事』から『人形の家』まで気に食わない貧乏人を罵倒したり、土下座させたりする作品は数えきれないほどあります。
でも、『パラサイト』は違うのです。お金持ちマダムはおっとりしてちょっと鈍感。その夫も鼻持ちならないタイプではありません。「金持ち喧嘩せず」という感じなのです。
彼らの住まいはまるで美術館のようなモダンでセンスのいい豪邸。野外パーティーができる広い庭があり、庭に面して全面ガラス張りの広いリビングには日差しがたっぷり注がれます。
かたや、半地下の住居は、ドラマのなかの貧乏な家でもここまで酷い家はなかったというぐらいで…。そもそも半地下の家は家賃が安いだけが唯一のメリットで日当たり、風通し最悪!湿気が多く、カビや害虫が発生しやすいとか。さらに、本作では通りに面した半地下のため、街に撒かれる殺虫剤が流れ込んだり、酔っ払いの尿が流れ込みそうになったり…と、とんでもない環境。
ネタばれ厳禁!というのが監督の意向なので多くを語れないのですが、この住居の激しすぎる差が、ストーリーの要になります。
半地下暮らしは底辺層なので家族は周りにバレないようにしているつもりなのですが、あることで気づかれてしまうのです…。
とにかく資産家と底辺ファミリーの格差がこれでもかと時にコミカルに時に切なく描かれます。住環境だけでなく、食べ物から着ている服まで。
センセーショナルな事件で話題になったナッツ姫(大韓航空の元副社長チョ・ヒョナ)やミルク姫(南陽乳業の創業者の孫娘ファン・ハナ)のような大財閥がいる韓国は日本より激しい格差社会だといえます。
もと「東方神起」から別れた「JYJ」のジュンスが最近、テレビの番組でデビュー前の少年時代は「トイレがない半地下の家に住んでいた」という衝撃的な過去を明かしました。幼い時からお金を稼いでいい家に住みたいという夢があり、のちに両親に家を買ってあげたと孝行ぶりを披露。
韓国ではジュンスのように貧しい家の子供がそこから抜け出すために芸能事務所のオーディションを受け、K-POPアイドルを目指し練習生として厳しいレッスンに耐えるというケースが多々あります。でも、そのなかのひと握り、熾烈な競争を勝ち抜き、飛び抜けた才能と努力が実を結び、幸運に恵まれた者だけが成功して大金を得るのです。
たとえ芸能人でなくても、日本よりすさまじい競争社会。大学を出ているのは当たり前。韓国のある中堅企業に勤務する友人によると、中途採用で正社員を募集したところ応募してきたほぼ全員が留学経験がありMBAの資格を持っていたとか。そのポジションにはあまりにハイスペックすぎる学歴の人ばかりで採用担当が戸惑っていたと話していました。『パラサイト』でもキム家の長男に家庭教師のバイトを紹介する友人は大学生でかつ留学が決まっている設定でした。
しかし、半地下に住む貧困ファミリーは父親が事業に失敗。長男も妹も地頭の良さがありながら、学歴がなく正攻法ではちゃんとした職にありつけないのです。一方、豪邸に住む金持ちファミリーは父親がIT企業の社長として大成功。執事と運転手を雇い、ふたりの子供に家庭教師をつける万全のサポートで将来は約束されています。
韓国には何色のスプーンをくわえて生まれてきたかで人生が決まるという「スプーン階級論」と呼ばれるものがあります。「金のスプーン」は、親の資産が20億ウォン(約2億円)以上、または年収2億ウォン(約2,000万円)以上の超富裕層。大企業勤務でもない多数を占める庶民は「土のスプーン」で土だから形を保つのがやっとで、一生食うに困るという絶望的な意味が込められているそう。
本作は「金のスプーン」VS「土のスプーン」の激しすぎる格差に苦い笑いがこみ上げ、スリリングな展開に手に汗握りっはなしになり、切ないラストに心を掴まれる秀作なのです。
昨年の12月26日にポン・ジュノ監督と主演ソン・ガンホの来日記者会見が行われました。
実は、監督も大学時代、裕福な家の家庭教師をして家の様子を隅々まで見る機会があり、その経験から着想を得た作品で、脚本を書いているときに当時の記憶が蘇ってきたといいます。
脚本はいわゆる当て書きに近いもので、まず貧乏家族の父親役にソン・ガンホ、長男役にチェ・ウシクの2人にオファーをし、書き始めたそう。前もって多くを伝えず、ガンホには「裕福な家族と貧しい家族が出る、ヘンな映画」、ウシクには「痩せているいまの体型を維持してほしい」と伝えてスタートしたといいます。
ガンホは「最初に構想を聞き、当然わたしは金持ちの主人を演じるのだと思っていました。年齢を重ね品位も高まってきたので、まさか半地下に連れていかれるとは想定外でした(笑)。今後大雨が降ったり、階段が出る映画は出ません(笑)」と発言して笑いをとりましたが、監督はガンホに全幅の信頼を寄せているのです。
『殺人の追憶』(03)『グエムル-漢江の怪物-』(06)『スノーピアサー』(13)とガンホは今回で4度
監督の作品に主演しています。
監督はガンホの演技を「予想だにしていなかった細かい演技や、動物のような本能的な生々しい演技が目の前で繰り広げられたとき、本当にゾクゾクさせられます」と評し、クライマックスで議論を呼ぶであろうシーンを悩みながら書いているときも、演じるのがガンホだと考えると安心感があったといいます。
「彼なら観客を説得できるだろうという信頼があったからこそ、恐れや躊躇を乗り越えて書き進めていくことができた」と語っています。
4度のタッグでふたりの絆が深まったことも本作を成功に導いたに大きな要素に違いありません。
私がガンホを知ったのは、イ・ジュンギ監督の代表作『シュリ』(99)からでした。韓国の情報部員の男性と韓国に潜入した北朝鮮の女性特殊工作員よる熾烈な攻防戦とロマンスを描いた大ヒット作でガンホはハン・ソッキュと同様、韓国の情報部員に扮していました。
監督にインタビューしたとき、「スパイ映画といえば007のようにハンサムなヒーローのイメージが強いのですが、なぜどちらかといえば地味なハン・ソッキュさんとソン・ガンホさんなのですか?」と聞いたところ、「実際に何人ものスパイに取材したのですが、その全員が道を歩いていても人混みに紛れるごく平凡な容姿だったからです」と明かされ納得しました。本物は目立っては仕事がやりにくいわけです。
一見、地味でどこにでもいそうなガンホは、どんな役でもリアルすぎる存在感を放つ凄さがあります。それが彼の強味だと思います。本作でもソン・ガンホの存在感が凄まじい!前半のリアルなダメおやじぶりから、後半の変貌は心にグサグサきます。
ポン・ジュノ監督の作品の特徴は喜劇と悲劇が同居していること。もともと人間というものは矛盾を抱えた存在で、一貫性があるものではありません。本作のキャラクターもそうですが、だからこそ作品がよりリアルに感じられるのだと思われます。
ブラックコメディとホラーを絡めた社会派ヒューマン作『パラサイト』は、韓国に関心のある人すべてに観てほしい作品です。
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