COLUMN コラム

ジョニー・トー監督作のリメイク『毒戦 BELIEVER』が描く男同士の友情の“謎”とは?

公開日 2021/08/29 21:38

変更日 2024/06/20 14:33

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香港映画界の巨匠ジョニー・トー監督作『ドラッグ・ウォー 毒戦』(2012)の韓国版リメイクである『毒戦 BELIEVER』(2018)。巨大麻薬組織摘発に奔走する刑事と爆破事件を生き残った青年との危険な潜入捜査が韓国映画らしいタッチで描かれる。香港版では語られなかった刑事と青年の不思議な関係性の“謎”に迫る。

(C)2018 CINEGURU KIDARIENT & YONG FILM. All Rights Reserved.

麻薬製造工場から命からがら逃げ出した生存者が麻薬取締局の捜査に協力する設定は香港版と同じであり、捜査チームリーダーのウォノ刑事(チョ・ジヌン)が本作が遺作となったキム・ジュヒョク扮する密売組織のボスと密会する場面や大量の覚せい剤を吸引してしまったウォノ刑事が氷風呂に浸かる場面などもほとんど同じ状況設定で再現されている。密会場面はキム・ジュヒョクの背筋の凍るリアルな怪演によって香港版より迫力があるし、氷風呂に浸かるウォノ刑事からは人間臭い苦悶と葛藤が伝わってくる。そしてこれはさすがは『お嬢さん』(2016)の脚本家チョン・ソギョンの脚色術、人物描写に関してかなりドライだった香港版に対してリメイク版ではキャラクターの感情を丁寧に描くことに重きを置くことで、ウォノ刑事と協力者となるラク(リュ・ジュンヨル)との信頼関係と友情を明確に描いていこうとしている。

そして新設定として物語最大の謎となるのが麻薬組織を影で牛耳る「イ先生」の存在だ。誰もその姿を見たことがないイ先生を長年追い続けるウォノ刑事の執念が本作のドラマを展開させていく。さらにこのミステリアスな人物を中心に起こる暴力的な犯行の数々が韓国映画らしい残酷なタッチで描かれている点も特筆すべきだ。ヘヨン監督はトー監督の意志を汲み取りながらも、男同士の友情物語を独自に計算され尽くしたバイオレンスな犯罪世界で再現しようとしているかのようだ。

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香港映画の朋友の関係性は本人たちの間で直接確かめ合うような野暮なことはしない。幾度の窮地をともに乗り切るうちにいつしか芽生えはじめる雰囲気でしかない。ウォノ刑事とラクの間にも言葉を介さない不思議な関係性が読み取れる。捜査チームの部下たちが常にラクに容疑者としての眼差しを向けるのに対して、ウォノ刑事だけがなぜかラクを捨て置かない。ラクはその都度自分が必要であることを確認する。ウォノ刑事は心のどこかでラクが裏切るタイミングを伺っているのではないかと思いつつも、こいつなら大丈夫と信頼してもいる。この二人の間に流れる特有の空気感は朋友の雰囲気にとても近しい。ろう者が作業する麻薬製造工場(香港版でトー監督がみせた舞踊のような華麗な銃撃戦はさすがだった!)近くの温室でのウォノ刑事とラクのやり取りはまるで手話のような直感的な了解の仕方だった。事件が表面的にはひとまず解決したかにみえた本作のラスト、真実を知るただ二人の男たちだけが、雪原のコテージで銃を付き合わせるその瞬間をヘヨン監督はなぜほのめかす程度にしか描かなかったのか。それはトー監督以上にそれが演出出来る監督は他にいないと直感していたヘヨン監督の香港映画に対する敬意を込めた「挽歌」ではなかっただろうか。コテージから遠のいていくカメラの動きをみて、リメイク版で再現するしかなかった男たちの熱き友情が一瞬にして冷め切っていく思いがしてならなかったのは筆者だけだろうか?

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WRITER INFOライター情報

加賀谷健