公開日 2024/08/11 15:00
変更日 2024/08/11 15:00
©Roadstead
今年は黒沢清作品祭りである。セルフリメイク作『蛇の道』がすでに公開され、9月27日(金)から、菅田将暉主演の『Cloud クラウド』が全国公開を控えている。メディア配信プラットフォーム Roadsteadでは中編作品『Chime』が販売され、8月2日から東京・菊川のミニシアターStranger初の配給作品として劇場公開されている。黒沢監督と料理教室の組み合わせを聞けば、瞬時に恐怖の一文字が浮かぶ。さらに食つながりで監督の“ソウル食レポ”を思い出したのはぼくだけだろうか? イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が解説する。
本作の前提として、黒沢監督は「映画の中の3大怖いもの」をあげている。「幽霊の恐怖」。「自分が人を殺してしまうのでは、法律を犯すのでは、犯人になってしまうのではという恐怖」。「警察に逮捕されること、秩序の側が迫ってくるという恐怖」。確かにこれらがぐつぐつ煮込まれたら、かなりの恐怖成分が抽出できるかもしれない。でもなにせ本作は全編が常温調理みたいな温度設定だから、得体のしれない恐怖が凝縮されながら、生焼けでも焦げつきでもない純粋に素材のような恐怖が支配する。まな板の上に置かれた丸鶏も素材としての恐怖の一部なのか。長谷川和彦監督の『青春の殺人者』(1976年)で血潮に投げ込まれたキャベツのように即物的にそこにある、この丸鶏は、松岡が殺人を犯す少なからずのきっかけではある。
ここで疑問。殺人のあと、この丸鶏はちゃんと調理されたのだろうか? やっぱり調理されずにどこかへぼんと置かれてあるのか。殺人までの調理過程は描かれるのに、料理教室のドラマであるはずの画面上には完成した料理が一品も出てこない。ビストロのシェフ採用面接で松岡は、小難しい料理名を次々口にしていた。でも料理が出ない。唯一出てきたのは、松岡が家族と囲む食卓で素麵と天ぷら。朝食もあった。『クリーピー 偽りの隣人』(2016年)でも食卓場面で毎晩美味しそうな夕飯が出てきてたっけ。
別に舞台が料理教室だからって美味しそうな料理が観たかったわけではないけれど、黒沢監督の著書『映像のカリスマ』所収の「ソウル・レポート」ではわりと細かく食べた料理について書かれていたのを思い出して、これがどれも美味しそうなのである。日記調の文章となると毎昼、毎晩の料理の感想は思わず綴ってしまう。「ソウル・レポート」は2004年、黒沢監督が特集上映のためにソウルを訪れ、滞在中の3日間をレポートするもの。読んでいるうちに監督が何を食べたのかばかり気になってくる。「東京のよりもかなり唐辛子が効かせてあると感じた」インド料理や「辛さがそこそこに押さえてあり、おいしかった」豆腐料理、宮廷料理など、黒沢清監督によるソウル食レポが活写されている。
「ソウル・レポート」は、『女校怪談』(1998年)のパク・キヒョン監督など、韓国の映画人との交友録としても面白い。同作で長編映画デビューしたキヒョン監督は、新世代ホラーの担い手だった。『ほえる犬は噛まない』(2000年)で長編デビューしたポン・ジュノ監督とほぼ同世代。『殺人の追憶』(2003年)は、『CURE』の影響下で撮られたことはジュノ監督が公言している。ジュノ監督は、1990年代に韓国映画に台頭する三八六世代の代表的人物であり、その世代のほとんどが大学で映画を専門的に学んでいる。そんな中、映画ではなく哲学を専攻していたキヒョン監督に黒沢監督が興味を持った。
キヒョン監督の作風について黒沢監督は、デヴィッド・クローネンバーグ(やはり大学では哲学を専攻)の影響を見抜く。シネマテークで行われた監督対談で黒沢監督が「好きな監督は誰ですか?」と尋ねると、キヒョン監督からは「それはデヴィッド・クローネンバーグです」と返ってくる。日韓の映画監督がホラー映画の巨匠によって即座に結びつき、共通の映画言語を持つ。「ソウル・レポート」を読んでいてもうひとつ面白いのは、ソウル・アート・シネマで行われた『アカルイミライ』(2003年)上映後のトークショーのエピソード。客席には若い女性客が多く、主演のオダギリ・ジョーのファンかと黒沢監督が推察すると、かなり深い映画的知識を持った質問ばかり飛んでくるので、「舌を巻いた」と率直な感嘆を綴っている。
「こういう若者たちに支えられている韓国映画界が本当にうらやましいと思った」とも書かれているのだが、韓国の観客への感嘆は、〈第22回釜山国際映画祭〉でも同様だった。〈釜山国際映画祭〉はちょうどジュノ監督やキヒョン監督が長編デビューする前夜の1996年に始まった映画祭。第22回では『散歩する侵略者』(2017年)が上映され、質疑コーナーが設けられた。時間いっぱい挙手と熱心な質問は続く。黒沢監督は「釜山映画祭ではいつも驚き、感激します。質問のレベルがものすごく高く、本当に映画をしっかりと観ていただいていることが伝わってくる」と感心した。それだけ世界の観客が黒沢作品の恐怖分子の虜になってその謎を解き明かそうと躍起なのだ。ぼくもそうしたひとりとして、実際に黒沢作品の現場にスタッフとして参加したことがある。確か玉川上水での撮影。乗客席がエキストラでうまった電車内。主演俳優が夜の車窓を見つめている。そこへ黒沢監督。監督の後ろから黒沢組のカメラ番・芦澤明子がカメラを軽々と抱えて颯爽と登場。闊歩する。「生身の監督と芦澤さんだ!」とぼくの目が輝く。これが恐怖を生成する現場なのか。どこから湧き出るんだろう。現場では黒沢監督の姿にただ見惚れるばかりで、恐怖分子の謎を探ることをすっかり忘れていた。あるいは、とある東北の事業説明会では、本国のシネマテークに通い、熱狂的なキヨシストになったフランス人プロデューサーと夜更けまで作品談義をしたことがある。黒沢作品を通じた国際交流はいたるところで時間を問わず行われているのだ。
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